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りょんの略歴(プロフィール詳細)

灯台

こんにちは。りょん(@ryon_lynwood)です。
昨日プロフィールを公開して、今後伝えていきたいことについて宣言しました。
宣言通り、過去の私と同じような悩みを持っている方に情報発信をしていきたいのですが、私がどんな人物かがわからないと、共感はしづらいかなーと思ったので、さらに詳細な略歴を載せておこうかと思います。
長くなりますが、興味を持ってくださった方はお付き合いいただけたらと思います・・・!

海辺に転がる松ぼっくり
管理人りょんのプロフィールやりたいことが見つからない平凡女子が、接客業から未経験の事務職へジョブチェンジし、結婚を経て気づいたらアラサーに。そんな私の簡単なプロフィールをご紹介します。...

平凡に生きてきた学生時代

東京多摩地方で育った私。
学生時代はぱっと見で「大人しそう、真面目」とカテゴライズされる子供でした。
中高一貫校に通っていたため、「地味なやつ」というイメージを払拭できないまま6年間を過ごし、大学で全てリセットして人生をやり直そう!と思って生きてきました。

学問も、テストのための勉強は得意ですが応用は効かないタイプでした。
「真面目」キャラでしたので、優等生であらねばいけない、という強迫観念がありガリ勉を貫いていましたが、自分のできる以上の力は出さないタイプ。
そのため、大学も指定校推薦で行ける、自分に合っていそうな女子大を選びました。

女子大では似たような性格の友達が増えて本当に楽しい4年間を過ごせました。
ですが、この4年間で実用的な学びをほとんどしてこなかったせいで将来やりたい仕事が1つも見つからず、就活は見事に失敗しました。

接客で心身をすり減らした新卒時代

新卒で入社した会社はキャリアショップ(au、docomo、softbankなど)の代理店運営をしている企業でした。新卒で入社すると、いわゆる「携帯ショップ店員」として働くわけです。
正直、一生接客業で生きていこうとは考えていませんでしたが、その会社では将来的に人事や法人営業など、色々なキャリアが築ける、という話でしたので、入社を決意しました。
というより、そこしか内定をもらえなかったというのが恥ずかしながら正直な話です。なので、これはこれで納得して働くしかない、という思いでした。

配属はドコモショップでした。体育会系の店長のもとでバシバシ鍛えられて、窓口対応をしてきました。
始めはできることも増えてきて接客の楽しさを感じることもありましたが、続けるうちに、心身をすり減らすことになりました。辛かったのは、大きく分けて3つ。

・クレーム等、接客による心労
・販売ノルマ
・拘束時間の長さ

働き始めて8か月後くらいには辞めたいと思うようになりましたが、それが確信に変わったのは、「この職種で今後も生きていきたい」と思えなかったことです。
散々退職を引き延ばされたあげく退職しますが、辞めた途端に緊張が切れたのか、退職して3日後に突然の体調不良が始まりました。

夕暮れの中のカモ
元携帯ショップ店員が語る・・・ノルマの実態と乗り越え方!携帯ショップって、ノルマあるのかな?その答えは、「はい」です。この記事では、携帯ショップのノルマはどんなものなのか、そしてノルマを中々達成できなかった私がやったことについてお伝えします。...

暗くて長い療養生活と憧れの会社への入社

退職してから原因不明の体調不良で毎日寝たきりの日々を過ごしていました。
症状としては、腹痛、頭痛、寒気、強い関節痛、血便、喉の圧迫感、足のしびれ、などなど。。。
数か月病院を転々としたあげく紹介された膠原病内科で、漢方の薬を飲みながら安静に過ごす日々を送っていました。
同時に、検査で甲状腺の異常とリウマチの可能性が指摘され、内分泌内科とリウマチ内科にも合わせて通院することになりました。
検査の過程で、「橋本病」にかかっていることがわかり、薬は飲まずに経過観察をして過ごしています。

10分も歩くと足が痺れる、という謎の症状もありましたので、1日のほとんどはベッドの上で過ごしていました。
こうしている間にも同級生たちがもがきながらキャリアを積み、お金を稼いでいることを考えると、働けない自分に焦り本当に辛くなりました。
次は絶対に身体を大切にしながら定時で働ける事務職に就こう!と心に固く決意しました。

少し体調がよくなってきた頃、派遣でやってみたい仕事にいくつか応募してみました。
応募したいと思う仕事はやはり事務の経験がないことで派遣会社の選考で一瞬で落とされてしまいます。
その時、「未経験」の壁がいかに大きいか痛感しました。。。
一方で、とある転職サイトをのぞいているうちに未経験でもチャレンジできる仕事があることを知ります。求職者に希望を与えられるその転職サイト自体に入社意欲が高まっていきました。
そんな憧れの企業がたまたまアルバイト求人を募集していたので、早速応募すると熱意が伝わり、入社することが決定したのです。

幸せなアルバイト時代と、社員になってからの苦悩

憧れの会社でのアルバイトは本当に幸せなものでした。簡単に言えば、「単純作業」でした。
データ入力が主で、時々エクセルを入力したり編集する程度の業務です。
就業時間も6時間程度で、最低限の生活費等を払うだけであれば身体にも負担はなく、病気持ちの私にはよい職場復帰となりました。
プライベートの時間もたくさんあったので、MOSの勉強をしてエクセルの勉強をしたり、趣味の旅行にもたくさん行くことができ大変幸せな時期でした。

とは言え、アルバイトという立場に後ろめたさもあり、虎視眈々と契約社員になれないかな~と昇進の機会を狙っていました。
そんなある時、社内の別部署で契約社員の採用を行っていることを知りました。
当時フルタイムで働ける体力もついてきていましたし、私はその求人に応募したい旨を上司に相談しました。
すると、今所属している部署でたまたま退職者が出るそうで、そこにそのまま面接なしでアサインされることになったのです。

契約社員になってからは、仕事の進め方やエクセル、ツールの使い方など、社会人としてのスキルをイチから教えていただけました。
特に、複雑なオペレーションを理解しミスが起こらないよう仕組化し改善していく、という経験をさせて頂けたのはとても自分の学びになりました。
その仕組化のスキルは次の転職先でも大いに役に立つのでした。

順風満帆に見える私の新しいキャリアのスタートでしたが、色々な思いが湧いてきて、それも終わりを迎えてしまいます。
1つは、単純に人手不足で仕事量の多さに体力的に辛くなってきたことです。かなり忙しい職場でトイレにも行けないくらい時間に追われながら働き、それに加えて通勤は満員電車片道1時間半だったので、体力的に限界を感じるようになりました。
2つ目は、ライフステージの変化です。彼と婚約をしたので、同棲を始めることを考えると、今のような働き方はできないですし、仕事を変えるほかないと思っていました。
他にも、もともと人事の仕事をしてみたい気持ちがあり、年齢を考えるとこれが
ラストチャンスなのではないかという思いと、契約期間も残り半年、という時期でしたので、このタイミングでの新しいチャレンジが望ましいと考えました。

私生活も仕事も新たな環境へ

会社には事情をよく理解していただき、無事退職をすることができました。
また、顔合わせも済まし、彼との同棲生活が始まりました。
退職後は派遣で大手メーカーの人事事務をさせてもらえることになり、慣れない毎日の連続でありながらも、日々刺激に満ちた生活でした。

地元が好きだったので、実家を出て別の土地で暮らすことが想像できなかったのですが、新しく住み始めた東京下町は本当に楽しくて、ここでずっと子育てをしたいと思うほどでした。
仕事は全くの未経験で人事(労務)にチャレンジしましたが、やりたかった仕事でしたのでやりがいは持って働けていました。

その後、入籍を経て、主人の転職や結婚式準備、上司からのパワハラなどが重なり仕事は退職することになってしまいました。。。
それからは主婦として家事に専念しながら式の準備を頑張っていました。
ですが、ここでさらなる災難があり、台風19号により私たちの結婚式も中止となってしまったのです。。。
気持ちの立て直しはだいぶ時間もかかったのですが、今現在は新しい仕事を探しつつ、ブログを書き始めてこれまでの経験のシェアや挙式準備のアレコレをご紹介して叶えられなかった夢の昇華をしたいなと思っています^^;

最後に

私はこれといって何か成果を出せたわけでも、特別な人生を歩んできたわけでもありません。でも、色々とあって、自分の幸せってなんだろう?と考える分岐点に立っているのが今です。

これから予定している公開記事を多くの人に読んでいただく中で、大した成功もない平凡な私をさらして、少しでも共感を持ちながら読んでもらえたらなと思っています!

長文、お付き合いありがとうございました♪